夜明け告げるルーのうたの結末をネタバレ込で解説!最後・ラストの意味を考察

yoake アニメ

湯浅政明監督のアニメ「映像研には手を出すな!」が2020年1月5日(日)からNHK総合テレビにて放送が開始になることに先がけて、過去の湯浅政明監督の作品の1つでもある「夜明け告げるルーのうた」が1月2日(木)にNHK・Eテレで放送されました。

こちらの映画は、湯浅政明監督の完全オリジナル劇場映画としては初めての作品で、2017年にフランスのアヌシー国際アニメーション映画祭で長編部門のグランプリにあたるクリスタル賞を受賞した作品とあって、初めて見る場合には期待も高まりますよね。

ここからは、表情や仕草が個性的なキャラクターと疾走感・躍動感溢れるアニメーション「夜明け告げるルーのうた」の結末までのあらすじを、ネタバレ込みで解説していきます!

そして、「夜明け告げるルーのうた」の感動するラスト最後の意味についても考察してみます!

夜明け告げるルーのうたのあらすじを解説【ネタバレ込】

主人公の中学生の少年カイとそのカイの前に突如現れた人魚の少女ルーとの出会いと別れを描いた物語です。

中学生の少年カイは、東京から日無町(ひなしちょう)という漁港の町に引っ越してきて、会社員の父と職人気質な祖父と3人で暮らしています。

離婚した両親に対する気持ちを伝えられずに心を閉ざしてしまったカイですが、自分の作曲した音楽をネットにアップする趣味がカイの楽しみです。

それを知っているクラスメイトの遊歩と国夫の2人から彼らが組んでいるバンド「セイレーン」に入らないかと誘われて、仕方なく行った練習場の人魚島で無邪気に歌ったり踊ったりする人魚の少女ルーに出会います。

ルーは踊る時にはヒレが2つに分かれて足のようになり、その姿はまるで少女のようです。

カイがセイレーンに加入し、人魚島でバンドの練習をしているとルーが現れて歌ったり踊ったりしました。人魚を初めて見た遊歩と国夫はとても驚きましたが、2人ともルーを受け入れてくれました。

ルーとの出会いによって少しずつカイは心を開いていきますが、人魚は太陽の光に当たることができないため夜が明け始めると海へ帰ってしまい、ずっと一緒にいることはできません。

セイレーンが夏祭りで曲を披露することになり、カイ達はルーに歌をうたわせることを計画します。しかし、演奏を開始しようとすると興奮したルーが歌とダンスを勝手に披露してしまったことで、ルーが人魚だということが町の人達に知られてしまうのです。

ルーを観光の目玉として使いたい町の大人達と遊歩と国夫、カイは反対しますがカイ不在のままライブが始まります。そのライブの途中でルーはバンドにカイがいないことに気付きます。

カイがいないことで怯え始めたルーはスポットライトに驚き、水を操る力を使ってステージをプールの水で流してしまい、そこからルーと町の人たちとの間には大きな溝ができてしまいました。

以前ルーが犬に噛みつき人魚にしてしまうところを撮影した防犯カメラの映像を町の人が見たことから、人間も噛まれたら・・・と不安がる町の人々。そんな中、ルーに嫉妬した遊歩が家出をしたことで、人魚が遊歩をさらったのでは?人魚に食われたのでは?と考えた町の人がルーを捕まえて檻に閉じ込めてしまいます。

ルーに太陽の光を当てようとしたことで、恐怖からルーは叫び声をあげその声に気づいたルーのパパが怒りに身を任せ猛スピードでルーを助けに来ました。ルーのパパは一瞬でルーが閉じ込められていた工場を焼き尽くしルーを助けようとしますが、2人とも窯の中に閉じ込められてしまいます。

すると人魚を閉じ込めたことで「御陰様の祟」が起こり、海水がどんどん陸に上がってきて町が浸水していくなか、どうにか町を救おうとカイは遊歩とともにルーとルーのパパを救い出します。

脱出したルーとルーのパパはカイと遊歩と一緒に箱型に切り取られた海水に乗って空へ飛んでいきます。町の浸水が止まらずどんどん水位が上がっていき、ここで町の人々は人魚のせいではなく「お陰様の祟」だということに気付くのです。

夜明け告げるルーのうたの結末は?

ルーとルーのパパは浸水する町の人々を助けるために水を操る力を使い、人々を陸に上げていきますがたくさん力を使ったことで2人とも疲れてしまいます。カイはそんな2人を励ますために、人魚島で「歌うたいのバラッド」を歌いました。

カイが「歌うたいのバラッド」を歌ったことで力を取り戻し懸命に町の人達を助けようとするルーとルーのパパですが、そんななか少しずつ御蔭岩は崩れていきます。

そして、御蔭岩の向こう側から夜明けが近づき太陽の光が漏れ始めました。太陽の光が当たると生きることのできない人魚たちにとっては危機的状況です。

ルーとルーのパパは最後の力を振り絞って水を操る力を使い町を救いました。しかし、日陰を作り人魚たちを守ってきた御陰岩は崩壊してしまいます。

人魚たちは太陽の光に当たることができないため、お陰岩が作ってくれる日陰があることで今まで生きることができましたが、御陰岩が崩壊したことで日無町は人魚が住めない所になってしまったのです。

カイは、みんなルーのことが大好きなこと、自分自身もルーのことが大好きなこと、だからずっとそばに居てほしいことを精一杯伝えました。

ルーはとても喜んでカイに自分もカイのことが好きだと告げ、町の人達と人魚達は友好の印に一緒になって音楽に合わせて踊りますが突然人魚達は姿を消してしまうのです。

その後、将来カイは日無町に戻ってきて船に乗り、人魚がいるかもしれないあちこちの海を巡ってみたいと父に夢を語り、素直な気持ちでお礼を伝えます。

カイと遊歩はそれぞれの進路を決め、離れ離れになることになりセイレーンは解散することになりました。

夜明け告げるルーのうたの最後・ラストの意味を考察

ルーはカイや町の人達のことを最後どう思っていたのか?

ストーリーの途中では、水を操る力を使ってステージをプールの水で流してしまったことで、ルーと町の人達との間には大きな溝ができてしまっていました。

これは、人間にはない力を人魚のルーが持っていることに町の人達が恐れを感じたことが原因だと思います。

誰でも自分が持っていない力を見せつけられれば驚いたり、恐れたりすることはありますよね。

ましてやその力を持っていたのが人魚のルーだったわけですから、町の人達の恐怖は相当のものだったのではないでしょうか。

しかし、そんな状況でも浸水していく町を目の前にしたルーやルーのパパは懸命に人々を助けようと水を操る力を使い続けます。

最後には御蔭岩が崩壊して、日無町が人魚の住めない場所になってしまってもルーもルーのパパも町の人達を助けることを諦めませんでした。

このことから、ルーだけではなくルーのパパもカイを含む日無町の人達をとても大切に思っていたと考えられます。

人魚達が町の人達を救っていく中で、町の人達も少しずつ心を開き人魚が助けやすいように海に浮いて待っている姿なども描かれていることや、最後に町の人達と人魚達が一緒になって音楽に合わせて踊るシーンがありました。

このシーンからは、人魚が人間を大切に思い歩み寄ろうとしてその気持に人間も心を開いたのではないかということが感じとれますね。

人間に恐れられながらも人間を救ってくれる人魚達の優しさには感動します。

ルーや人魚達がラストで突然姿を消した理由は?

日無町が人魚達のおかげで救われると、町の人達と人魚達が音楽に合わせて一緒に踊るシーンはその踊り方がとてもユニークで物語の最期を盛り上げてくれますが、そんな楽しい雰囲気の中、突然人魚達は姿を消してしまいます。

もちろん、ルーも。

人魚達が突然姿を消してしまった理由は、夜が明けて日無町に太陽の光が当たってしまったからです。

人魚達が日無町の浸水が始まった時にはすでに外は暗くなっていて、太陽の光が当たることはなかったので人魚達が町の人達を助けることができました。

しかし、物語が進むにつれて少しずつ外の景色が明るくなり、踊るシーンにいたってはもうすっかり夜が明けて外が明るい景色に変わっています。

人魚は太陽の光が当たる所では生きることができないので、人魚達は太陽が高く登るのと同時に消えてしまったのではないかと考えられますね。

突然姿を消した人魚達は最後どうなったのか?

人魚は太陽の光が当たる所では生きていけない・・・

そう考えると最後悲しい結末が思いついてしまいますね。

そかし、人魚達は太陽の光に当たることを避けるために一気に海に潜って太陽の光の届かない深海へ行ったのかもしれないと考えることもできるのではないでしょうか。

まとめ

夜明け告げるルーのうた結末までをネタバレ込みで解説してきましたが、この独特の世界観のなかのキャラクター達はとても個性的で物語を盛り上げてくれていました。

ラストではお互いが好きだという気持ちを確認し合ったカイとルーは、離れ離れになってしまうのでハッピーエンドではないものの、日無町の人達は助かりカイは自分の父親に心を開くことができましたね。

カイという少年がルーという人魚と出会うことで、前向きに心が成長していく様子を描いた心温まるストーリーだと感じます。

最期に消えてしまった人魚達が本当に消えてしまったのか、それともどこかへ行ってしまったのかは私達の想像次第になりますが、カイが「人魚がいるかもしれないあちこちの海を巡ってみたい」と父に語った夢が叶うかどうかを想像すると、もっと物語が膨らみますね!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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